朝起きれなかった人へ。

何にも考えずに、ブログだけ書こうと思ってパソコンを開いた。以前に比べて「何もしない日」に対して自己嫌悪に陥る事が無くなったように思う。これが良い事なのかどうかは分からないが、心の状態として、無駄に嫌な気持ちにならないので、楽である。

もちろん朝、起きれなかった事に対して、あー起きれなかった、もし起きてたらこんな事もあんなことも出来ていた。あーあー。みたいな気持ちになってくる。自己嫌悪に陥ってた時だったら、「何で、起きれないんだ。明日は絶対早起きしてやる。よし5時にsetや。」みたいな前の日を取り返そうと必死で次の日を良くしようという動き方をするわけです。でもね、次の日良い日になるかと言うとそうではなくって、もし5時に起きれたとしても自分が計画していた事の半分も出来なくて、あーまた損した。って気持ちになったり、朝5時起きれなくって、また起きれなかったみたいな気持ちになったり。

そんなことを繰り返していると、起きれなかった事は仕方ない。よし、動きたくなったら動こう。って感覚になっちゃったんですね。こっちの考え方の方が超ストレスフリーな気がするんです。仕方ないってことばは世間では悪いことばとして使われます。ぼくはむしろこのことば、肯定的に使いたいなあ。「だって人間だもの」ってことばに近い。だって仕方ないもん。考えるだけ無駄じゃん。ということって結構世の中にあふれているものですよ。・・・ということを書いていると、じぶんを正当化するってこういう事なのかなって思ったり。(笑) まあでも今はこれ本心で思えています。また考えが変わるかもしれないけど、今はこの考え方が楽だし、好きだなあ。

そうあとねもう一つ良いのは、もうあきらめがついて、自分が本当にしたい事が出来るんだよね。やんなきゃいけない事ってあると思うんだけど、こういう日がたまたまできちゃうと、あーもういいや。別日に頑張ろ。今はこれ読みたいから読む。これみたいからみる。みたいな単純に自分がしたいことを好き勝手する時間になる。これはね、現代の大学生はあった方がいいと思う。皆好きじゃない学業に一番時間割いてやっちゃってるわけだから、ご褒美としてこんな時間があってもいいんじゃないかなあって思うよ。それとね、本当にやんなきゃいけないことを考える時間にもなるのよね。僕だったら引っ越しの準備しないとなあとか、1月以降に自分が何をしようとしていたのかノートに整理する時間になったりとか。

 

ま、そんな感じで僕と同じような時間を過ごしてしまった人は自己肯定する為にこの文章をお読みください。(笑)